2005.07.06
パレスチナ仕込みの米国人プロレスラー [追加]
広島の方から、NHK広島のニュースにパレスチナ仕込みの技を炸裂させる米国人プロレスラーの方が出ていたという知らせをもらった。
"We are all Palestinians"(私たちは皆パレスチナ人)というTシャツを着てジェニンで習ったという「パレスチナ・バックブリーカー」という技─いったいどんな技なんだ?─を決めた日本在住のプロレスラーはサウザーさんと言う。
サウザーさんはガザにボランティアで行っていたという米国人。パレスチナのこと、イラクの占領に対してとても責任を感じているという話も伝わってきている。
サウザーさんは西岸地区チャンピオンのパレスチナ人プロレスラーからジェニンで技を習ったという。いやぁ、パレスチナにもプロレスラーはいるんだ!と目から鱗の体験。もちろん、冷静に考えれば、パレスチナで空手をやっている人たちもいるし、全然不思議じゃないのだけれど、そういうイメージが今まで全然なかったのでいちいち驚く。
広島弁丸出しでインタビューに応じていたサウザーさんは、番組の最後にはアラビア語でパレスチナとの連帯を訴えていたとのこと。この番組、見たかったなぁ!
[追加]中国新聞の2005.5.16付記事(道面雅量記者)を見せてもらったので、そこからサウザーさん情報を(いい記事なので、全部載せたいくらいだけど、できないのが残念…)。以下の引用はすべてこの記事より。
サウザーさんはカンザス州の牧師の家に生まれ、学生時代にヨルダンに留学したことで、パレスチナ難民の姿に触れたという。その後、日本滞在を経て、1999年にガザに行き、医療品を配るボランティアを1年おこなった。
「そこで見た世界は想像を絶していた。失業と貧困、極度の人口密集。イスラエル兵が見張る無数の検問所に人々が閉じこめられ、希望を奪われていると感じた。自爆テロは許せないが、その背景を知る思いがした」
米国に戻ったサウザーさんはパレスチナ報告会をあちこちの教会で開くが席を立つ人、テロリストの味方かと非難する人々に出会う。
「『マスメディアのせいもあるし、米国人の平均像には違いないが、自分の中でキリスト教が相対化される体験だった』」
失望の中でサウザーさんは具体的な解決法を求めて、ワシントンの大学院で平和学を学ぶ。そして、日本人伴侶も伴って、ふたたび2003年にパレスチナへ向かった。
ジェニンの大学で英語教師をしていたサウザーさんはレスリング部を創設し、現地の長老プロレスラーに弟子入り。そのときに「パレスチナ・バックブレーカー」を伝授されたという。この技は「相手を持ち上げ、背中を自分のひざに打ちつける大技」と説明されている。
「滞在した一年間、情勢は悪化の一途だった。パレスチナ人の同僚教師の一人は自宅で狙撃されて死んだ。教え子が手を縛られ、銃で小突かれながら連行される場面にも遭遇した。
そんな日は、無力感を振り払うようにトレーニングに精を出した。空き部屋の床に、カーペットを数枚重ねただけのリング。ふと、組み合っている相手が、パレスチナをこんな状態に放置している「世界そのもの」に思えたという」
学生たちの気晴らしになればと始めたプロレスがサウザーさんにとってかけがえのないものになったという。
サウザーさんは「We are all Palestinians」というシャツを着て、リングに登場するが、それ以外には特別なアピールはしないという。これを見て、「あれは何?」と考えてくれたらいい、と。
「『この服は、パレスチナの友への連帯の証しじゃけえ。次はきっと勝つ』」
いつかパレスチナ人レスラーを日本に招きたいと夢見ているサウザーさんは福山市のプロレス団体で「悪役(ヒール)」をしながら、世界に「パレスチナ・バックブレーカー」を決めるイメージで頑張っているのだそうだ。会いたい(プロレスにはきょーみがないんだけどね)。


